第1話:「ちょっと怪しい恋愛ドラマ」|理想の恋が少しずつ狂っていく恋愛ミステリー

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目次

プロローグ|ドラマみたいな出会い

雨が降り出したのは、駅を出てからだった。

天気予報では夜まで持つはずだったのに、空はあっさり裏切った。
私は慌てて走り、駅前のカフェの軒先に滑り込む。

靴の先はすっかり濡れていた。

店内は思ったより混んでいる。
席を探して立ち尽くしていると、奥のカウンター席から声がした。

「よかったら、ここどうぞ」

振り向くと、一人で座っていた人がカップを少し寄せてスペースを空けていた。

「ありがとうございます」

私は軽く頭を下げ、その隣に座る。

窓の外では雨が街灯の光をぼかしていた。
店内にはコーヒーの香りが広がっている。

「今日は、ついてない日でしたね」

その人が私の靴を見て言う。

「ええ。本当は降らないはずだったんですけど」

「そういうこと、ありますよね」

不思議と会話は自然だった。

仕事の話。
最近少し疲れていること。
帰り道に静かなカフェに寄るのが好きなこと。

「無理しがちなんですね」

そう言って、その人は砂糖をひとつこちらへ寄せた。

「甘いの、好きでしたよね」

私は思わず手を止める。

「……どうしてそれを?」

「なんとなくです」

その人は、穏やかに笑った。

雨はしばらく止みそうにない。
だから私たちは、思ったより長く話した。

帰り際、店の前でその人が言った。

「また会えますよ」

疑問形ではなかった。

でも私は、なぜかその言葉を信じてしまった。

第1章|理想的すぎる恋の始まり

それからのことは、驚くほど自然だった。

連絡先を交換し、また会う。
特別な駆け引きもなく、私たちは当たり前のように会うようになった。

最初のデートは、川沿いのレストラン。

窓の外には夕暮れの水面。
店内は落ち着いた灯りで、会話もしやすい。

「ここ、好きそうだと思って」

そう言われて、私は少し驚く。

たしかにこういう店は好きだ。
でもそれを、はっきり言った覚えはない。

「覚えててくれたんですね」

「大事なことは覚えていたいだけです」

その言葉は、まっすぐ胸に届いた。

この人は、私のことをよく見ている。

疲れていそうな日は静かな店を選ぶ。
帰り道は、私の歩く速度に合わせてくれる。

不思議なくらい、居心地がよかった。

会話も自然に続く。

好きな映画。
子どもの頃の話。
休日の過ごし方。

「価値観、似てますね」

私がそう言うと、その人は首を振った。

「似てるんじゃなくて、合うんです」

その言い方は妙に確信めいていた。

ただ一つだけ、引っかかることがある。

この人は、自分の話をほとんどしない。

仕事のこと。
住んでいる場所。
休日の過ごし方。

どれも少し曖昧だった。

「秘密主義なんですね」

冗談で言うと、その人は笑う。

「そう見えますか?」

私はそれ以上聞かなかった。

聞いて、この心地よさが壊れる方が怖かったからだ。

その夜、家に帰るとスマホが震えた。

《無事に帰れましたか?》

タイミングが良すぎて、私は少し笑ってしまった。

でもその笑顔の奥に、
ほんの少しだけ冷たい感覚が残った。

第2章|知りすぎている恋人

違和感は、小さなことから始まった。

ある日の夕方。
私は会社帰りにコンビニに寄った。

温かい飲み物を買おうと棚の前で迷っていると、背後から声がする。

「それ、今日はやめた方がいいかもしれません」

振り向く。

そこに、その人が立っていた。

「……どうしてここに?」

「この時間なら、ここに寄るかなと思って」

自然な口調だった。

でも、どこかおかしい。

「甘いのよりブラックの方がいいですよ。昨日あまり眠れてなさそうでしたし」

私は固まった。

昨夜、確かに寝不足だった。

でもそれを、この人に話した覚えはない。

「そんな顔してました?」

「少しだけ」

それからも、似たことが続いた。

偶然会う。
私の行動を先回りする。
言っていないことを知っている。

偶然にしては、重なりすぎていた。

決定的だったのは、ある夜の電話だった。

昔の恋の話をしていたとき、
その人がこう言った。

「“自分ばかり好きみたいで惨めだった”んですよね」

私は息を止めた。

その言葉は、誰にも言った覚えがなかった。

第3章|ズレ始める現実

私は距離を置こうとした。

連絡を減らし、
帰り道を変え、
予定を知らせないようにした。

その日の夕方、スマホが震える。

《今日は、少し違う道を通りましたよね》

背中が冷たくなる。

《どうして分かるんですか?》

しばらくして返信が来た。

《たまたまです》

答えになっていない。

私はメッセージを送る。

《少し一人になりたいです》

数分後。

《分かりました》

そして続く。

《でも心配しないでください。僕はここにいますから》

“ここ”がどこなのか、聞けなかった。


第4章|この恋は誰の物語?

私はあのカフェに向かった。

最初に出会った場所。

店の前で声がする。

「偶然ですね」

振り向く。

その人が立っていた。

私はもう驚かなかった。

「聞きたいことがあります」

「どうぞ」

「どうしてそんなに完璧なんですか」

その人は静かに答えた。

「君がそういう物語を望んでいたからです」

私は息を止める。

「僕は恋愛ドラマが好きなんです」

その瞬間、すべてが繋がった。

「じゃあ私は?」

その人は言う。

「理想的な主人公でした」

私ははっきり言った。

「それは恋じゃない」

「演出です」

その人は少し寂しそうに笑った。

エピローグ|ちょっと怪しいまま

それから、その人と会うことはなかった。

偶然も、予感も止んだ。

日常は静かに戻る。

ある夜、恋愛ドラマの最終回を見ていると
スマホが震えた。

知らない番号。

メッセージは一行。

《いい最終回でしたね》

私は返信しなかった。

代わりに、机の引き出しからノートを出す。

白いページを開く。

タイトルを書く。

短編小説
ちょっと怪しい恋愛ドラマ

そして最初の一文を書く。

雨が降り出したのは、駅を出てからだった。

私はペンを止めて思う。

恋愛は
本当に偶然で始まるのだろうか。

それとも
誰かが作る物語なのだろうか。

スマホが震える。

新しいメッセージ。

《観測完了》

私は窓の外の雨を見る。

そして、ノートの隅に小さく書いた。

恋愛ドラマ #28

少しだけ笑う。

今度は、
どんな恋愛ドラマになるのだろう。

また始まる恋愛ドラマ
同じ恋愛が、別の人物で始まっている。
これは偶然なのか、それとも誰かの脚本なのか。
第2話:「また始まる恋愛ドラマ」を読む

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