プロローグ|終わったはずの恋

恋が終わると、世界は少しだけ静かになる。
駅前のカフェも、帰り道の街灯も、
あの頃と同じ場所にあるのに、どこか遠く感じる。
私はもう、あの人と会っていない。
最後に会ったのは、
最初に出会ったあのカフェの前だった。
「恋愛ドラマが好きなんです」
そう言ったあの人の顔は、今でも思い出せる。
優しそうで、少し寂しそうで、
そしてどこか他人事のようだった。
あれから数ヶ月。
生活は元に戻っている。
仕事に行き、
帰りにスーパーに寄り、
夜はテレビをぼんやり見る。
特別なことは、何も起きない。
それなのに、時々ふと思う。
あの恋は、
本当に終わったのだろうか。
その夜、私はソファでスマホを眺めていた。
SNSを流し見していると、
ある投稿が目に止まる。
写真はカフェの窓際。
コーヒーカップが二つ。
投稿文。
「雨の日のカフェで出会いました」
指が止まった。
画面をもう一度見る。
そのカフェは、
私があの人と出会った場所だった。
第1章|新しい恋

投稿者の名前は「美咲」。
アイコンは笑顔の女性の写真。
投稿は続いていた。
「傘を持ってなくてカフェに入ったら
席を譲ってくれた人がいました」
胸の奥が冷たくなる。
それは、
私の恋の始まりと同じだった。
投稿はさらに続く。
「すごく優しい人で、
話していたらあっという間に時間が過ぎました」
私は画面を閉じた。
偶然だ。
世の中には同じような出会いがある。
雨の日のカフェなんて、珍しくもない。
そう思いながらも、
なぜかもう一度その投稿を開いてしまう。
次の投稿は、数日後のものだった。
「また会えました」
写真は夜景の見えるレストラン。
胸がざわつく。
それも、私が行った店と同じだった。
第2章|同じ物語

私はそのアカウントをフォローしてしまった。
理由は説明できない。
ただ、
続きが気になった。
数日後、投稿が更新された。
「この人、すごく不思議なんです」
写真は川沿いの夜景。
キャプション。
「私のこと、何でも分かってるみたい」
息が止まる。
スクロールする。
次の投稿。
「疲れてる日が分かるみたいで
ちょうどいい言葉をかけてくれる」
さらに次。
「好きなカフェとか
好きな音楽とか
全部ぴったり合う」
私はスマホを置いた。
それは、
私の恋と同じだった。
理想的すぎる恋。
完璧な理解。
偶然の重なり。
あまりにも似ている。
その夜、
私はSNSを検索した。
同じような投稿がないか。
しばらくすると、
一つ見つかった。
さらにもう一つ。
共通点があった。
雨の日の出会い。
理想の恋人。
完璧な理解。
そして、
少しずつ増えていく違和感。
背中に冷たい汗が流れる。
これは偶然じゃない。
第3章|知っている恋

数日後。
私はついに美咲にメッセージを送った。
「突然すみません。
その恋の話、少し聞いてもいいですか?」
返信はすぐ来た。
「え?どうしてですか?」
私は迷ったが、正直に書いた。
「似た恋をしたことがあるんです」
数分後。
返信。
「えっ、本当ですか?」
その週末、
私たちはカフェで会うことになった。
場所は、
あのカフェだった。
美咲は、明るい女性だった。
二十代後半くらい。
テーブルに座るなり、
嬉しそうに話し始める。
「信じられないんです。
こんな恋ってあるんですね」
私は黙って聞く。
出会い。
会話。
デート。
どれも、
私の恋と同じだった。
「完璧な人なんです」
美咲は言う。
「私のこと全部分かってるみたいで」
私はゆっくり言った。
「少し気をつけた方がいいかもしれません」
美咲は笑った。
「大丈夫ですよ。
この人、優しいんです」
私はカップを見つめた。
その言葉も、
私が言った言葉だった。
第4章|観測者

カフェを出るころには、
雨が降り始めていた。
私は空を見上げる。
また雨だ。
その時、
スマホが震えた。
知らない番号からのメッセージ。
開く。
観測中
一行だけ。
私は息を止める。
さらにメッセージ。
恋愛ドラマ #29
手が震える。
美咲が不思議そうに聞く。
「どうしました?」
私は画面を見せられなかった。
その時、
ふと視線を感じた。
通りの向こう。
街灯の下。
誰かが立っていた。
フードをかぶった人物。
こちらを見ている。
次の瞬間、
その人影は歩き出した。
暗闇の中へ消えていく。
エピローグ|また始まる

その夜、私は眠れなかった。
机に座り、スマホを見つめる。
UNKNOWNからメッセージが届いていた。
また始まりましたね
私は震える指で打つ。
「誰ですか」
返信。
観測者です
さらに続く。
次の恋愛ドラマです
私はスマホを握る。
「なぜ私に送るんですか」
数秒後、返信。
あなたも観測者だからです
私は言葉を失う。
窓の外では、
まだ雨が降っている。
そしてスマホがもう一度震えた。
観測完了まで
まだ時間があります
私は画面を閉じた。
深く息を吐く。
そして思う。
この恋愛ドラマは
終わっていない。
また始まっている。
スマホが光る。
SNS通知。
新しい投稿。
「雨の日のカフェで出会いました」
私はゆっくり目を閉じた。
そして、
静かに呟く。
「また始まる」
その瞬間、
スマホに最後の通知が届いた。
恋愛ドラマ #29
観測開始
理想すぎる恋人
恋愛を“演出する”人物の視点。
人は、本当に理想の恋を作れるのか。
▶ 第3話:「理想すぎる恋人」を読む
